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2006年4月 1日 (土)

花冷え

 4月になり、新しい年度が始まりました、いかがお過ごしですか?

 

 私は、ここのところずっと、半ば引き籠っていても襲ってくる疲れを持て余しつつ、過剰書字とまではいきませんが、書きたい衝動のようなものを満たすために、この日記ブログをこつこつと付けてきましたが、この2日間、自主的にサボりまして、珍しく友人知人にメールするなどし、息抜きしておりました。

 

 このブログに、時々自分の悪口を書かれていることを知っているダンナは、どうやら、私がブログを書くことでガス抜きしていることを、好意的に思ってくれているらしく、「もうすぐ、始めてから1年経つんだけど、このブログどうしよう?」と聞くと、「人様に迷惑をかけなければ、ブログなんて何を書いてもいい筈、いいぶうは、何も面白いものを書きたくて書いてるんじゃないだろ、ただただ書きたくて書いてるんだろ!すぐやめようとすんな、続けろ!」と逆に叱られる始末。ハハ、こいつ、結構いいダンナだよ~。

 

 そのダンナ、一昨日は、帰路で雪に見舞われたそうです、寒いね、しかし!It's cold in cherry-blossom time.

 

 今週の「オーラの泉」、ゲストは須藤元気さん。ダンナが格闘番組を見ていても、私はチラ見していることが多いんですが、須藤さんについては、気功か何かの訓練で痛みを感じなくなるよう鍛えるという武術(?)を、須藤さんが体験するとかいう番組で、拝見したことが有り、偶然知っていました。

 

 その番組を見た時も、スピリチュアルなことに興味がお有りなのかなとチラッと思ったんだけど、何の何の、物凄く勉強なさってますね、須藤さん。「シンクロニシティ」は私も知っていたけれど、「対面同席五百生」って、初めて聞いたよ。仏教の言葉で、「一瞬でも対面した者は、過去世で五百回以上の時を過ごしている」という意味だそう、なるほど。

 

 特に感心したのは、「ありがとう」という言葉を唱えることによって、感謝するという気持ちを身につけていくという考え方。私も、悲しくても、泣き続けるんじゃなくて、思いっきり泣いた後は、無理にでも笑うことで、気持ちが段々回復していくものと思って日々過ごしているので、激しく共感。

 

 でも、お若いのに、ちょっと坊さんみたいと思ったら、前世は、鎌倉時代に山に籠って修行していた僧で、即身仏とはちょっと違うけれど、断食の行により衰弱死された方で、江原啓之先生の指導霊(ガイドスピリット、趣味や職業を指導している霊魂)とお知り合いの方だそう、須藤さんにピッタリですね。この時、妻子や係累を捨てて山に入っているので、今生で必要なのは、俗世間の暮らしの中で修行する「里の行」と、江原先生。

 

 守護霊さんは、能楽師で、須藤さんは、入場パフォーマンスの時に能面を被って出られたこともあるそうだ。芸術に対する造詣の深い艶やかな着物の女性もいらっしゃるようで、須藤さんは、大学時代アートを専攻されていたと仰っていた。また、須藤さんが以前、退行催眠で見たという前世には、何と、キリスト教の聖人「聖セバスチャン」がいるそうだ。それをお聞きになり、生前の三島由紀夫さんと親交があった美輪さんが、「三島さんが…」とつぶやいていられたのが印象的。「聖セバスチャン」については、「仮面の告白」にも出て来るし、篠山紀信さんが撮られた三島さんの写真も残ってます。

 

 オーラの色については、金の輪なども見られるということだけを聞くと、いい感じに思えるのだけど、慈愛の色である紫が欠けているのだそうで、これからは、山に籠らず、世俗に留まって、愛情というものをもっと学んでいかなければならないようだ。その、少しバランスの悪いらしい須藤さんのオーラを助けるために、美輪さんと江原先生が須藤さんと円陣を組んで、魂の交流をされていた、と言っても、見えてた訳じゃないですが(笑)。

 

 番組の冒頭は、美輪さんや江原先生にライバル心がお有りなのか、テンパッてるというか、舐められたくないと意気込んでいらっしゃるような感じがしていたけれど、最後には、角が取れたような柔和な顔をされていて、安心しました。

 

 さて、NHKの「福祉ネットワーク」が好きで、よく見てるんですが、再放送の「NHK障害福祉賞 障害者雇用での出会い」の中で、自動車部品工場の、知的障害のある人たちのチームが紹介されていて、そのチームの指導員である中堀さんの、上司・瀧野さんの言葉に、自分が常々考えていることが代弁されていた気がしたので、ご紹介。

 

 生産性の上がらないチームの職が失われないように、残業して検品し、仕事をカバーする指導員の中堀さんを見て、上司の瀧野さんは、「『みんなで見守ってやらないかん』とか、『大事にしてやらないかん』という考えが強かったように僕は感じていたわけです。でも企業に来れば、お金をもらって仕事をするのですから、健常者もパートの人も障害者もみんないっしょ。やるべきことはしっかりやってもらわないと彼らには道はないなと思い」、厳しく指導したのだそう。

 

 同居していた祖父は、目が見えず、歩けない人でしたし、伯母は後天性の神経障害で、生涯入院生活でした、義兄も、子供の頃の予防接種から病気になり、軽度の知的障害を負っていますし、私自身、脳下垂体腫瘍の手術後、一生薬の必要な体です。この瀧野さんは、そんな私が普段、世の中に対して考えていることと同じようなことを考えておられる上、実際に工場の中で、効率アップ、品質向上という成果を上げていると聞き、感動しました。治具でサポートし、適材適所に配置すれば、障害があっても、素晴らしい働きが出来るのであって、必要なのは庇護ではなく、支援なんだということが、良くわかりました。福祉って、特別扱いすることじゃないと思うんですよ、ホント。

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