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2006年6月 5日 (月)

「なんくるなく、ない」

 ジャケ買いで「キッチン」を読んで以来、よしもとばななさんの小説は、ほとんど読んでいないんだけれど、エッセイはわりに読んでいる。けれど、それも、ばななさんが出産されるまでの話で、「こんにちは、赤ちゃん」くらいから、子供が生まれた知人と疎遠になっちゃったみたいに、結構ご無沙汰していた。「なんくるなく、ない-沖縄(ちょっとだけ奄美)旅の日記ほか」は、久しぶりに、ばななさんの霊的経験の話を読みたくなって、買ってみました。

 

 南国の島って、行ったことない、ハワイはあるんだけど、私の中の南国の島の定義って、沖縄以南にあるアジアの島だ。マンゴーが大・大・大好物なので、宮古島とか行ってみたい気がするのに、不思議と企画すら持ち上がったことが無い、何となく縁が無いような気がする。最近、嫌いな奴が、ITベンチャーとやらで、沖縄に移住したと風の頼りに聞いてからは、益々鬼門になってしまった、沖縄よ。ワタクシ、「かちかち山」のウサギちゃんな執念深い性格なので、嫌な奴と同じ空気を吸うのも嫌。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってヤツですね。

 

 ばななさんって、オバQの刺青を入れちゃったり、どちらかというと犬好きでいらっしゃったりして、自分とはあまり共通項が無い感じな人。文章も、褒め方がちと過剰な気がして、読みにくいこともある。それでも、久しぶりに読んでみたら、時々きらっと光る表現があって、何と言うか、花崗岩の中に、エメラルドの原石を見つけたような感じで、ハッとさせられる。

 

 特に興味深かったのは、沖縄の言葉で魂を表す「まぶい」にまつわる話。驚くと、大人でも胸を叩いて、「まぶい」を取り戻す動作をするのだそうだ。沖縄出身の方が東京に出て来て、「大和にはまぶいの抜けたままの人がいっぱいいて驚いた」らしい。この言葉に「ノックアウト」されたと言う、ばななさん。奄美大島出身の元ちとせさんも、何かのインタビューで、危険を察知する能力が高いかも、と仰っていたけれど、そういう、南国の島人の独特の感受性や、ばななさんの表現が面白かったです。

 

 挿画の原マスミさんの絵の中では、シーサーがうじゃうじゃいる1枚が、私が勝手に連想している沖縄のイメージと合って、とても良かった。

 

 全体に、沖縄を楽しんでいる雰囲気が伝わって来て、面白く読んだのだけど、あとがきで、子育てにおける周囲の人間の冷たさに苦言を呈する言葉を読んで、やっぱり、子供さんが出来て更に話が合わなくなっちゃったんだね、と思ってしまい、発売直後に購入して、その日のうちに読んだのに、記事にするのが遅れてしまいました。

 

 ばななさんは、レストランで子供が走り回った時や、ベビーカーを押している時に視線の冷たさを感じ、肩身の狭い思いをされたようだ。私は、お洒落な雰囲気を楽しみたいカフェやレストラン、美術館や図書館で子供が走り回り、それを注意しない親ばかりを見る気がしている。ベビーカーを押しながら、ウインドーショッピングをして、人の足を踏んでも謝らず、子供を盾にすれば何でも許されるような態度の親ばかりのような気もしている。子供の泣き声が、頭痛を誘発するので、野放図な親子には、心底腹が立つけれど、親の態度が良ければ、子供が少々騒いでも、まあ仕方ないなと思えるもんです。ばななさんが、子供が泣いたりわめいたりした時、五月蝿くして悪いな、邪魔して申し訳ないなと態度で示したのだとしたら、そりゃ、周りの人が悪いってことになるのだろうけれど。

 

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なんくるなく、ない

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